高尾せなのTune of the Day?vol.86｜高尾せな／華椿

（省略）

ゴージャスな中国宮殿を思わせる内装を瞳で仰ぎながら、彼が感嘆を漏らす。
「感嘆」と表現するくせに、また大袈裟なリップサービスなんじゃないかと怪しんで、私は表情を変えない。奥にある円形のベッドには鏡がいくつも並べられていて、そこでえっちをするのは気が引ける。



「嫌だ、こんなところで」
「どうして、せなちゃんのえっちなところがたくさん映るよ……」

彼の吐息が少しだけ体に掛かる頃、抗えないと思う。
私の脳裏に浮かぶ、遠距離恋愛だった彼氏や、初めてプロポーズしてくれた14歳年上のあの人のこと。どうしてあんなに必死で守ろうとしてくれたのか、私は何一つ分からないまま時を過ごし続けている。


「やだ、たくさん映るの嫌だ…」
「たくさん映るの嫌？……でも、せなちゃんのここは濡れてるよ」

彼の声が耳を侵す、彼の指が私の性器に触れる。
半裸にされて露わになる自分の体を、私は直視しようとしない。私は今、この彼がどうして私とえっちしたいのかもよく分からない。自分が異性にとって性的対象になることが、ずっと理解出来ないままでいる。


「せなちゃん、ストッキング脱いで…」

ふいに振り返ると、彼がズボンを脱いでいて、下着がペニスで盛り上がっているのが見える。その欲求は理解出来ないくせに、既に勃起していることは嬉しいと思ってしまう、アンビバレントを抱えたままでいる自分の稚拙さが怖いのに、何だか不思議と落ち着いて行く。


その下着に手を掛けてゆっくり下に引くと、何度見ても綺麗なペニスが目の前に現れて、私の中の欲求を刺激する…

「（省略）」と言葉にするのを控えて、露わになったペニスを静かに跪いて見つめる。



「ほら、咥えてるせなちゃんが映ってるよ。可愛いせなちゃんが、咥えてるところをよく見て…」

円形のベッドに並んだ鏡の一つに、私が映っている。ペニスから口を放しているせいで、照れた表情の私と、その目の前で真っ直ぐに勃起した肉棒が見える。


「ほら、こっちに来て…」

壁の全面鏡に、半裸の二人が脚を開いて映る。
ベッドに座った彼が、その下半身に私を背面で座らせて、前戯もなしにペニスを差し込んでしまう。

…私の性器に、肉棒が挿入ってストロークしている。淫靡なクリトリス、鏡に写った二つの下半身が、快楽を求めて繋がっている。人より少なめの私の陰毛を、全てなくしてしまいたい。綺麗になくしてしまって、もっと見たい、彼と繋がり続けている、秘部をもっと。


「…んはぁ、気持ち良いです……」
「あぁ…、せなちゃんの中からえっちな白い涎が出てるよ……」


抜き差しされる彼の巨根と、私の性器が、白い液体を混ぜ合わせながらお互いを貪る。私の上半身が冷静さをなくさないよう、あっても仕方なくて無意味なだけの理性を、持ち続けようとする。けれど私の下半身は…、知ってしまった快楽を、覚えさせられて行く快楽を気に入ったかのように、勝手に意思を持って太い肉棒をより奥に受け入れようとする。


「…あぁんっ、気持ち良い…、挿さってるっ」
「せなちゃんの白い涎…、ほら………」


そんな白い液体は、何かの間違いと思いたい。
私から溢れたものだなんて、認めたくない。認めたくない…、私は誰の前でも淫乱になれなくて、段々とそれがアイデンティティになって行った人だから。ほんの小一時間、知った快楽のことを、直ぐに蹴り散らしてしまった快楽のことを、劣等感に負けたくなくて小説に書いただけの人だから…



「…んはぁ……、ここが気持ちいいっ、いっぱい挿さってる……っ、ここにいっぱい、いっぱい…ッ」

鏡に映る自分を直視した途端、上半身が急に感じ始める。
首を左に傾けて後ろに目をやると、未だシャツを着ている彼の上半身が、私の体を支えているのが分かる。年上過ぎて、未だよく背景の分からない人…、今度こそは若い男と見本みたいな恋をして、今度こそは口説いて来るエリート上司と恋をして、普通を手にしようと思ったことが、真っ白に消去されて行く……


分からないものに身を委ねて、喘いでしまうことが堪らなく気持ち良い。
肉棒を咥え込んだ性器が鏡に映って、私の羞恥心を刺激しながら、理性や知性で自分を守ろうとしても無駄ということを教えてくれる。食い入るように見つめる、その巨根にやられて行ってしまう私の性器が、白い涎を放出しながら淫らに快楽を欲しがっている。



「あぁん…、気持ち良いッ、いっぱい映ってるっ…」
「いっぱい映ってる？…やめようか？」

「ううんっ…やめないで……ずっと挿して…っ」


円形ベッドの羅列した鏡に、性器と性器がいくつも映って、全裸にされた私の体が上下に揺れている。

下半身から、淫靡な匂いが鼻に届く…、彼の匂いでも私の匂いでもないような、知らないままにしておきたい性の匂い。私から出ているなんて信じたくない、信じたくない…


「せなちゃんの匂いだよ、それ……」

二人の呼吸が背面騎乗位になってシーツに包まると、彼が左手で私の小さな突起物を刺激しながら、右手で私の性器の入口を指で刺激する。内側からも外側からもやって来る、初めての気持ち良さで視界がぼやけて行く…



「…あぁんっ入口が……入口が気持ち良いです…っ」
「入口が気持ち良い？今、入口がこんな状態だよ」


私の口に、彼の尖った舌が捩じ込まれて、下半身にある指の動きを再現して蠢く。10代の頃、いつも痛かった性器の入口が、上手く捉えられない彼の指の動きでおかしくなって行く。


…さっきのドライブで話していた、毎晩のように異性にデートに誘われても、その先にあるえっちが怖いから、断るしかなかったこと。悔しかったこと。快楽に溺れて、モラルを忘れて、調子に乗りたかったのに、そう出来なかった……



「…うぅッ入口気持ち良いのっ、気持ち良いのッ。あぁっ…最高なのっ……」

（省略）




ペニスが抜き差しされる性器と、クリトリス、乳首が同時に彼の指で刺激されて意識が飛んでしまいそうになる。

天井を眺めながら、いくつものトラウマが一瞬で頭の中をよぎる…、幼少期の母親のことも、刑事のお兄さんのことも、最後に会った元婚約者の憔悴しきった表情のことも、瞬間的に浮かんでは、形を失くして消えて行く。



「…あぁんっ、全部気持ち良いッっ……っイッちゃうぅ……、イッちゃう………ッ」


彼の巨根が腰のスピードを上げて、射精しようとする。

奥も外も、上半身にある乳首も、全身が気持ち良い……っ、ぼやけて行く天井を見つめながら、生きていて良かったと心が思う。直ぐに投げやりになってしまった私の心が、男に愛されたって悲しかっただけの私の心が、初めて生きていて良かったとしっかり思っている………

（省略）

お城のようなラブホテルに行く前日。
人のいなくなったオフィスで、私は一週間前ぐらいに彼と過ごした高層ホテルでの一部始終を思い出している。

観覧車やジェットコースターの夜景、都会の遊園地のイルミネーションを眺めながら、スーツ姿の彼とえっちをした。その後、二人で最上階のレストランでスパークリングワインを飲みながら食事をして、微笑っていた…


まるで処女の頃に読んだ恋愛小説みたいだった。



明日、彼に会える…、明日、会える……
心が澄んでいて、翳りがなくて、ずっとずっと離れたくない。